東京高等裁判所 昭和33年(ラ)395号 決定 1958年11月27日
事実
原決定の理由によれば、相手方増田吉次(以下単に債務者と略称する)名義の保存登記がなされる以前に第三者である増田ちよ名義の所有権保存登記がなされていることが認められ、右事実は競売手続の開始を妨げる事由に該当するから債権者(抗告人)のなした本件強制競売手続開始決定を取り消し、且つ本件強制競売の申立を却下する旨裁判している。
ところで抗告人は、本件建物が増田ちよ(債務者の妻)名義に保存登記がなされる以前である昭和三十年六月十四日に債務者に対する債権二十三万円の執行保全のため静岡地方裁判所に対し不動産仮差押申請をしたが、本件建物が債務者の所有でありながら登記所に対し未申告未登記であつたので、抗告人は所轄静岡市役所に備付けある家屋補充台帳に基き債務者所有であることの証明を付して仮差押の申請をなしたものである。
裁判所も抗告人の申請を相当と認め、同月十五日仮差押の決定をなし、直ちに静岡地方法務局に仮差押の登記を嘱託したところ、登記所は同月十六日第八三八〇号を以て受付け、登記済証を登記嘱託人である裁判所に還付したのである。
ところが登記所は右登記を受理し登記済証を還付しているにかかわらず、且つ登記はその登記申請の順序に従つてなされるべきものであるのにかかわらず、増田ちよの本件建物の保存登記が昭和三十一年九月二十二日になされてしまつたのである。元来増田ちよの所有する建物は存在せず、債務者の本件建物が登記官吏の過失により登記簿に記載されていないのを奇貨として本件競売の申立をなされる間隙を利して増田ちよの所有である如く仮装した保存登記をなし、その建物を夫たる債務者の債務のために担保に提供している次第で、債務者も増田ちよも抗告人の本件建物になした仮差押等を熟知しながら悪意に二重登記の虚に出でたるほかないのである。
そもそも社会通念上登記が完了し、登記済証が申請人に交付されれば、第三者に対する自己の権利を主張できるものと信ずることは勿論であり、登記官吏が登記の実行を完了したとき、登記権利者に対し登記済証を還付する法意も申請人を絶対的に保護する趣旨にほかないものと解すべきである。
よつて本件において抗告人が債務者に代位して登記した保存登記は増田ちよの保存登記より先であり、また仮差押競売の各登記の申請が登記所において適法と認められ、且つ又利害関係人より何ら異議の申立もなく進行して来た状況よりして、執行機関において職権で取り消すべきものではないと主張して抗告を申し立てた。
理由
本件記録及びこれに編綴された静岡市長証明の公課金証明書、家屋登記簿謄本によれば、抗告人は静岡地方裁判所民事一般調停事件について昭和三十年十二月二日成立した調停調書を債務名義として、静岡市長の公課金証明を得て、静岡市駒形通り所在木造亜鉛メツキ鋼板葺平屋建工場一棟及び木造スレート葺平屋建居宅一棟を相手方(債務者)増田吉次の所有として、強制競売の申立をなしたこと、及び右建物について「昭和三十一年十二月三日静岡法務局長の更正許可により昭和三十年六月十六日受付、所有者を相手方増田吉次とする保存登記がある登記官吏の認証書」のあることが認められる。そうすると、本件競売手続においては一応民事訴訟法第六四三条第一項第一号の要件を満たすもののようにみえる。しかしながら、他方、家屋登記簿謄本によると、前示登記はその後昭和三十二年二月十二日錯誤発見の理由によつて、所有者を増田ちよ名義をもつて昭和三十一年九月二十二日付の所有権保存登記がなされていることが認められる。
そうなのに、本件記録を精査しても、右二個の登記に表示された建物が同一の建物であるかどうかは必ずしも明確ではないし、仮りに、同一の建物であるとしても、右は何れも所有権保存登記であつて、何れの登記が有効無効かを判断するに必要な、本件建物の所有権者が果して相手方増田吉次か或いは増田ちよかを認めることのできる何の資料もない。
そうであるから、一応登記官吏の認証書が存在して開始された本件競売手続を、二重登記があるという一事をもつて取り消すことは違法であり、更に右認定の諸点について調査の必要があるものといわなければならない。